取り戻した半分と失くした半分、ひとつになれないひとり

11月 7th, 2015

好きな人がいなくなった。
10年も一緒にいたのに、離れてしまった。
それでも続く日々の中で、まるで自分が半分いなくなったようだ。と、感じるのは相手に依存しすぎていたからだろう。
ひとりで道を歩く。
電話を気にせずに生活する。
相手に合わせずに仕事を入れる。
相手に合わせて好みでない映画を観る事もない。
好きではないお酒を飲む事もない。
寂しい自由を手に入れた、と思ってしまうが、これは元々自分が手にしていたはずのものだ。
私は自分の半身を10年失くしていたのだ。半身を相手に預けて、自分で考えて行動すること、自分の時間を生きることを忘れてしまっていた。
抱きかかえられたままの幸せな日々で、自らの足で歩く事を忘れてしまっていたんだろう。

慣れない足取りで毎日を暮らしている。痛んでいることには気づかないふりをして、歩いている。
仕事の帰りに、休日の前に、さあ何をしようか。と考える。
これから何をしようか。
私は何をしたいのか。
相手を見ていた時間が消えた分、久しぶりに自分自身に向き合う時間を過ごし、半分しかいなかった私はやっと「ひとり」になれたのかもしれない。
忘れてしまっていた自分自身をまた取り戻したんだ、と前を向き一歩を踏み出す。

そしてふと気づく。
もっと早く「ひとり」の自分として好きな人に向き合えていたら、こんなに苦しくはなかっただろうな、と。
まったく変わらない風景の中で、自分だけが異質なもののように、歩み出した足がぴたりと止まってしまう。
どうしてもっと早くに気づかなかったんだろうかと。
どうして相手に何もかも預けてしまっていたんだろうか、と。

誰かといても、独りでいても、幸せでも、苦しくても、同じように時間は過ぎてゆく。
このまま波も起きない心で、ただ人生は続いていくのだろう。
私と、取り戻した私の半身はおそらくまだひとつになっていない。
ひとりになる事が怖く、それでもひとりになろうと、ただただ戸惑って心は一進一退を繰り返している。
引き返したい想いと、前に進もうとする想いがせめぎあう。

それでも毎日変わらず電車に乗る。
表向きは涼しい顔をして、日常を暮らしながら。

私の半身だったあなたは、どうしているだろうか。
私が本当に「ひとり」になれた時にまた出会えたら、どんな会話をするだろうか。

今あなたに聞きたいことは、

「お疲れさま。今日はどんな日でしたか?」

あなたに伝えたいことは、

「今日私はこんな事がありましたよ」

そうやって10年を暮らしてきた。
多分10年後にも、同じ言葉を。

PMDD,PMSでイライラ。低用量ピルを飲んでも効かない場合
 




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